1 「結」


叔父「それで、結(ゆい)は今どうしてるんだ?」
正一「むくれて部屋から出てきません」

そう返すと、叔父さんは腹を抱えて笑った。

「笑い事じゃありませんよ」

ひっぱたかれて、まだ痛む頬をさすりながら答える。

叔母「会うの10年ぶりだものねえ、見違えたでしょ?」

出前で取った寿司を並べながら、叔母さんは椅子に腰掛けた。

正一「見違えたなんてもんじゃ……ひっ!」

口にしようとして、箸から寿司を落としてしまった。
扉の隙間から、結が覗いていたからだ。
猫のように暗がりで目を光らせ、こちらを見つめている。

叔母「何を覗いてるの。ほら、早く食べてしまいなさい」

乱暴にドアが開かれ、結が入ってきた。
結は叔父さん、叔母さんの子供――つまりイトコだ。

叔父「兄貴も相変わらずだなあ。今度はどこに行ってるんだ?」
正一「エジプトです。詳しい調査の内容はきいてないですけど……」

ようやく椅子に座った結は、こちらに視線を寄越そうともしない。

叔母「受験を控えた子供としては、大変な話よねえ」
正一「ええ……まあ」

ここは、北海道の小樽にある叔父さんの家だ。
両親が仕事の都合で、海外出張することになり、俺は叔父さんの家に預けられることになった。

正一(参ったなあ)

10年ぶりに訪れた小樽駅で、俺は結と再会した。

//回想

???『ショー兄、こっちこっち!』

呼ばれた気がして、そちらを見た。
たが、そこに居たのは見知らぬ少女。
視線を外し、携帯電話に手を伸ばそうとしたところで、少女が詰め寄ってきた。

???『ほら、こっちだってば! お父さん待ってるから』
正一『おい、ちょっと待て』

手を引かれ、あわてた。

正一『誰?』
???『ええっ? もしかして忘れたの? ボクだよ、結。イトコの!』

少女が何を言っているのか、分からなかった。

正一『あのな。結は男だ。誰から頼まれたか知らないが、そんな冗談はよせ』
結『なっ……何を言ってるの!? ボク女だよ? ショー兄こそ冗談はよしてよね!』

そこに叔父さんが現れたので、俺は助けを求めた。

正一『叔父さん、ちょうど良かった。ここに結のニセモノが居て……』
叔父『はぁ? 何を言っとるんだ』
正一『いや、だって結は男でしょう。この子が結だっていうもんだから』
叔父『結は女だぞ?』
正一『……えっ?』

叔父さんと、怒りに震える結を交互に見やる。
ポン、と手を叩き納得した。

正一『分かった、俺をかつごうとしてるんですね?』

どういう余興かは知らないが、その手には乗らないぞ。

正一『結はこの通り……』
結『ひゃあ!?』

おもむろに、結の股間を触った。
デニムのショートパンツ上からでも、男根の有無くらいは分かる。
分かるはずなんだが――

正一『あれ、ない? そんなバカな、あれ? あれあれ?』
結『ショー兄ぃのぉ……バカぁぁ!!』

強烈なビンタをくらって、俺はその場で勢いよく転倒した。

//回想おわり

夕食が終わり、気まずいリビングから退散した。
あてがわれた部屋に荷物を置き、寝床を確保する。

正一(夏休み初っぱなから波乱の予感なんだけど、大丈夫か)

疲れていたので、その日は風呂に入ってすぐに横になった。
いつもと違う布団と枕の感触に違和感を覚えながらも、大きく息を吸い込むと睡魔に襲われ、自然と寝息を立てていた。

翌日。
朝食を済ませると、叔父さん夫婦は働きに出ていった。
そうして結と二人で家に取り残され、気まずい雰囲気だけが残る。

正一(このままにしとくわけにもいかないよな……)

結の部屋の前に立ち、ドアをノックする。

正一「あ、あー。結、居るかな……」
結「居ません」

居るじゃん。

正一「……昨日は本当にごめん。その、勘違いしてただけで……痴漢行為をしようと思ったわけじゃ……」

勢いよくドアが開き、思い切り鼻をぶつけて尻餅をついた。

結「そんなこと分かってるよ!! なんで! なんで勘違いしてたのよ!?」
正一「いた、たたたっ……」

鼻をさすりながら、そのまま頭を下げる。

正一「ごめん!」
結「ほんっっっと失礼しちゃう!」

ドアを叩きつけるがごとく閉められる。
俺は弁解することも出来ず、その場でへたりこんだ。
夏とはいえ、木の板間はひんやり冷たい。
立ち上がると、自然と木の柱が目に入った。
そこには、身長を競ってつけた傷がある。
当時から俺は周りの男より大きくて、結は小さかった。
髪の毛は短く、いつもタンクトップに短パン。
近所の子供とも一緒に遊んだものだが、一番男の子らしかったのではないか。
港に釣りへ出かける時も、虫取りに行く時も一緒だった。
小さくて手足が短いから、ムリするなっていうのに木登りについてこようと必死で。
思い出して、少し笑ってしまった。

//立ち絵表示なし
結「……ねえ、ショー兄。まだそこに居る?」

部屋の中から声がした。

正一「ん、居るよ」

壁を背につけて答えた。

結「その……ひっぱたいてゴメン」
正一「いや、俺が悪いんだ。その……だ、大事なトコ触って、だし」

口にして、なんてことをしたのだと恥ずかしくなって頭を抱えた。

結「……った」
正一「ん?」
結「忘れちゃったのかと思った、ボクのこと」
正一「忘れるわけないだろ」
結「本当?」
正一「嘘じゃない。ここで過ごした夏のこと、忘れるわけないよ」

結との思い出、いや小樽での思い出は俺にとっても特別なものだ。

正一「裏のマー坊、はす向かいの家にはケンジにジン兄ちゃん。坂の下にはレンちゃん……みんなでよく遊んだよな」
結「背が高いから、よく年上だって間違われたよね」
正一「そうそう。シン兄の方が年上なのに、俺ばっか怒られてな。だいたい、お前らがブイより外まで泳いでいくから悪いんだよ」
結「そんな昔のこと、よく覚えてるね?」
正一「そりゃ覚えてるさ。私有地で虫取りして怒られたのも俺だよ」
結「あれはショー兄の逃げ足が遅いからでしょー」
正一「俺のせいかよ!」
結「じゃあさ、釣りに行って……ボクが溺れかけた時のこと、覚えてる?」
正一「覚えてる。ムリするなって言ったのに、弁天岩の上まで登ろうとするから……海に落ちてな。あの時はみんなして、こってり怒られたなあ」
結「ふふふっ。そうそう。あの時、海に飛び込んで助けにきてくれたよね」
正一「そう……だったっけ? 必死だったから、よく覚えてないな」
結「高いところから水の中に落ちて、深くて……とっても怖かったんだよ? パニクっちゃって、ダメかと思ったら……ショー兄の手が、ボクをつかんでくれて。嬉しかった」

ドアが開いて、中から結が出てきた。

結「ねえ、そこだと寒いでしょ? 床……冷えるから。中に入って」

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