◆ 黒猫 : ウィル ◆

プロット・執筆:2001年2月 (改稿予定)

Chapter1「サーカス」
Chapter2「檻の中で」
Chapter3「悲しい出来事」


・その1

・ 気がつくと、クローンペットショップに居た
・ 平凡なクローンペット(黒猫)だったはずの一匹
・ しかしウィルは、他のそれとは違っていた
・ 見た目は普通のペットと変わらない
・ 人間並みかそれ以上の知能を持っていたのだ
・ 最初に出会った飼い主は、裕福な中高年の夫婦だった
・ 優しい、とても仲の良い夫婦だった
・ しかし、ウィルは亜人だった為に、夫婦の意思を理解できるのだった
・ 感謝の気持ちは、ウィルを夫婦を助ける行為へと発展させた
・ そしてそれは、通常の猫には行えない行為へと進展していったのだ
・ 夫婦は感じ始めていた
・ ウィルが普通のクローンペットではないことを
・ そして、訪れる破綻
・ 夫婦の息子が経営していた会社が事実上の倒産をし・・・
・ 子供を思うが故に、夫婦はあらゆる資産をお金へと換金していった
・ それはつまり、普通のクローンペットではない・・・
・ ウィルをも売り払うことを意味していた
・ クローンペット、そしてナチュラルなペット等が演技をするサーカス団
・ そのサーカス団に、ウィルは売り払われた
・ 大きな、まとまったお金にはならなかったろう
・ しかし、ウィルには判っていた
・ それでも夫婦は、息子を救いたかったということ
・ 自分と息子を、秤に掛けたことを

・ それでも、ウィルは人を信じ続けた
・ 少しの間だったけれど、平穏な日々
・ サーカス団の団長は、ウィルの予想を大いに裏切る「いい人」だった
・ 団長の、動物に対する愛情がウィルの心の渇きを癒した
・ だが、仲間の動物達は口々に言う
・ 人間達が、どれほど自分たちを弄んできたか・・・

・ 一緒に演技をする仲間の動物の言葉に、耳を貸さなかった訳ではない
・ しかし、ウィルの心の根元にあるのは
・ あの優しい夫婦が、クローンペットの狭い檻から覗いていた
・ 底抜けに優しい笑顔・・・
・ 眩しいくらいに胸の内に輝くその笑顔は、ウィルを支え続けていた

・ そんな、ある日
・ ウィルは、嫌な噂を耳にする
・ 演技のリハーサル中に怪我を負ってしまったライオンを
・ 「処分」するという噂だった
・ 「嘘だ・・・団長が、そんなことをするハズがない・・・」

・ 不安を拭い切れぬウィルは、封じていた力を解放した
・ 亜人化・・・人間の姿になることを決意したのだ
・ 女性の姿、人間で言う所の思春期の少女の姿
・ 少女の姿に変化したウィルは、団長の元を訪ねる
・ 「自分は、レオのファンなんです」
・ やぶからぼうに切り出すウィルを、団長は丁重にもてなした

・ 「あれはねぇ・・・とても良く働いてくれた」
・ 昔話をする団長
・ 決して、話をはぐらかそうとしていた訳ではない
・ ウィルの瞳が訴える、何かを感じ取っていたのだろう
・ そして、最後にこう言った
・ 「レオはね、私にとっては良きパートナーだった。
  彼も、私をそう思ってくれていると信じている。
  しかし・・・レオがライオンだというのは紛れもない事実なのだ。
  ライオンは、人間の手に負える代物ではない。
  あの前足の『一薙ぎ』で、普通の人間には致命傷になってしまうんだ」
・ 「じゃあ、やっぱりレオは・・・?」
・ 「ああ、処分せざるを得ない」
・ 「でも、他の・・・そう、動物園とか・・・」
・ 沈痛な面持ちで答える団長。
・ 「・・・当たったさ。それも、10や20じゃない」
・ 止めたハズの煙草に火をつける手が、震えている
・ 禁断症状が出ているのだ
・ ストレスを消化する為に煙草を吸い、身体には疲労が募る
・ 疲労はストレスとなり、やがて悪循環を起こす
・ その為、自ら率先して禁煙し、サーカス団全員に強制した事項のハズだ
・ でも、耐えられない
・ 耐えかねた・・・震えた指先が、そう告げている
・ 「クローンで若く、たくましいライオンの『製造』が簡単になった今。
  老いたライオンを引き取ってくれる場所は、ないんだ」
・ 「・・・」
・ 「最も安く済むのは、やはり薬物処理になってしまうだろうね・・・」
・ 「やく・・・ぶつ・・・」
・ 「レオには、申し訳ないことをしたと思っている」
・ 団長は、窓の外・・・遠くを見ていた
・ 「私はね、レオの奥さんも同じ薬物処理で殺したんだよ」
・ 「・・・!」
・ 「でも、他の動物を生かすには!他の従業員を養うには・・・」
・ スクッ、と立ち上がるウィル
・ 「すいませんでした、辛い話をさせてしまったみたいで・・・」
・ 「いや、いいんだ」
・ 「では、これで・・・」
・ 立ち去ろうとするウィル
・ 「あの、もし」
・ 呼び止める団長
・ 「もしかして、どこかでお会いしましたか?」
・ ウィルは、笑顔で答えた
・ 「いいえ、たぶん始めてです」
・ 憂いを帯びた、二人の笑顔

・ ウィルは一人、悩んでいた
・ 街は、眩しいくらいのネオンで包まれていた
・ そこに、暖かさはない
・ 自分には、まだ戻れる場所があるのだ
・ (団長は、嫌いじゃない。ボクがいま生きて・・・みんなと一緒に居られるのも。
  きっと、団長のおかげだ。それは判ってる・・・)
・ (だからこそ、レオを死なせてはならない・・・気がする・・・)

・ その日の夜、ウィルは人間の姿のまま
・ レオの檻のカギを開ける
・ 「このままだと、殺されちゃう。だから・・・逃げて!」
・ 檻の扉を少しだけ開き、立ち去ろうとするウィル
・ そのときだった
・ 『いまいましい人間が!!
   それで、この私をたばかったつもりか!?』
・ 老いた、百獣の王の一撃がウィルの胴を薙いだ
・ ドゥッ!!
・ 「ニャァアアッ!?」
・ ドガァッ!
・ 積んであった荷物に激突する
・ ボテ・・・ン
・ 地面に落ちるウィル
・ シュウウゥゥッ・・・
・ その姿が、猫へと変わっていく・・・
・ 『お前は・・・一体・・・!?』
・ 物音を聞きつけた、団長やサーカス団員が集まってくる
・ 『お前だったな・・・』
・ 一歩一歩、特定の人物を目掛けて歩み寄るレオ
・ 若い、サーカス団員の一人だ
・ 『私の妻を・・・ロゼッタを殺したのは・・・!!』
・ 大きな口を開き、襲いかかるレオ
・ そして
・ 止めに入った団長は、肩口にレオの渾身の一撃を受ける
・ レオの牙は、団長の肩から胸を貫いていた
・ 戸惑いの色が、レオの瞳にやどる
・ そして、引き抜かれる牙
・ 噴き出す、おびただしい鮮血
・ 「レオ・・・」
・ 『ウ・・・ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』
・ 恐ろしい咆哮をあげる、百獣の王
・ そこに到着する、警官隊
・ 間をおかず、始まる発砲
・ 「ニャーーーーーーーッ!!(レオーーーーーーーーッ!!)」

・ 人の作り出した鉛の弾の一つ一つが、百獣の王の体に吸い込まれていく
・ おびただしい血を流しながら動こうとするレオに、散弾銃が撃ち込まれる
・ 消えてなくなる、後ろ足の片方
・ 前に・・・?
・ 前がどこかも判らぬまま、ただ進み出るレオの前足
・ 体を支える後ろ足を失い、やがて沈み行くレオの体
・ 走り寄るウィル
・ 「どうして・・・!?」
・ 『帰りたかった・・・』
・ 「え・・・・・・?」
・ 『あの大地へ、もう一度だけ・・・』
・ 「レオ・・・きっと行けるよ、今からだってッ・・・」
・ 『ロゼッタ・・・いま、やっとお前に・・・』
・ 「レオーーーーーーーーーッ!!」
・ 百獣の王の呼吸が、静かに止まった

・ 散り散りになる動物達、サーカス団の人々
・その2
・ 野良猫としての生活をはじめるウィル
・ 「ボクは・・・救えなかった」
・ 「何一つ・・・誰一人として・・・」
・ 「ボクは・・・猫か?
   それとも、人間なのか?」
・ 「どうして・・・こんな事を考えられる頭を持っているんだろう・・・」
・ 「もう、誰も傷付けたくはない」
・ 「誰も・・・」
・ 「ボクが代わりに、やるんだ・・・」
・ 自らの行為が、たとえ間違っているとしても
・ もう誰も傷付けたくはない
・ 自分が背負えないものをわざと背負うことによって、ウィルは思考を停止させていった

・ 他者が傷つくことを恐れるあまりに
・ 野良猫の競争相手であるありとあらゆる動物に率先して挑んでいくウィル
・ 野良犬、カラス、そして・・・人間
・ 野良猫として生き続けるには、ウィルは余りに優しすぎた
・ その日も、同じだった
・ 前日の、野良犬に噛まれた傷も癒えぬまま
・ また、無謀な戦いを仕掛けたのだ
・ 狭い、路地裏
・ 人間の子供たちに玩具にされている子猫
・ 4人の子供の手から、子猫を救ったとはいえ
・ 自らは蹴りとばされ、あるいは壁に叩きつけられ
・ そして・・・ゴミ袋の上に投げ捨てられた

・ 遠くから見ていた野良猫たちは、少しずつ立ち去っていく
・ ある者は哀しみの色を瞳に浮かべ
・ ある者は嘲笑し
・ ある者は流されるまま、新しいリーダーと共に立ち去っていった

・ 百獣の王の一撃を受けても立ち上がってきたウィルだったが
・ 度重なる争いに、疲労はつのり
・ 蓄積された疲労は、ウィルの異常な回復力さえも奪っていった
・ 加減を知らぬ、加減などするつもりがない子供の容赦ない攻撃に
・ 屈することなく向かっていった
・ その結果
・ 自らは、黒いゴミ袋の上と同化するかのように横たわっていた

・ 死は、間近だった
・ もう思い出せなくなってきていた
・ 優しかった、夫婦の表情も
・ 思い出そうとしては頭が痛み、だんだんと視界が狭くなっていく
・ 荒く息をしているはずなのに、体は鉛のように重たくなっていく・・・
・ ( そう・・・これが・・・死・・・ )

・ 瞳を閉じた、名もなき黒猫に
・ 一人の少年が歩み寄る
・ 少年は、黒猫を抱きかかえ
・ そして、その場から姿を消した

亜人として生まれた、黒猫のウィル。
生まれてからこっち、彼女は様々な飼い主に出会った。
暫くは続く、平穏な日々。
だが、彼女が普通の猫ではないことを知ると
彼等は驚き、あるいは恐れ、あるいは怒った。

自分が否応なく「特殊な生物」であることを思い知らされた
ウィルは野良猫として生きることを決意する。
やがて芽生える仲間意識。

或る日、彼女は虐待されている野良猫をかばい、
傷ついていた。
野良猫の中に、仲間を癒せる者はいない。
仲間の1匹が、心配そうに見つめている。

彼女は、ピクリとも動かなかった。
動けなかった訳ではない。
このまま、ここで横たわっていること。
それが死に直結することは知っている。
自分が、それを望んでいることも…。

仲間は去っていった。
もう、動かないであろう仲間を想いながら…。

だがしかし。
ゴミ袋の上に横たわり、
意識を失いかけていた彼女を助けたのは、
一人の少年だった。

「大丈夫かい?」
「ニー…」
「すぐに、診てもらってあげるからね…」

彼女が目覚めると、そこは病院のベッドの上だった。
横には、少年が眠っている。
ベッドを降り、トテトテと足音を立てて歩く。
見渡してみる。
やはり病院だ。

「やぁ、早起きだね」
「ニー…」
「まだ、よくなってないんだろう?横になりなよ。
大丈夫。僕は、大抵の事をしても、許されるんだ。
この病院の中ではね…」
「ニャ?」

少年の名前はファムといった。
不思議なことに、苗字は存在しない。
ただの「ファム」なのだそうだ。
そして、彼の眼は開かない。
多分、眼を患って入院しているんだろう…。
彼女はそう考えていた。

少年は、彼女に「ウィル」という名前を付けた。
ロシア語で「暗愁」を意味する言葉なのだそうだ。
何故、自分にそんな名前を…?
ただの野良猫である自分に献身的に介護する
ファムの姿に、少しだけ興味を持ち始めるウィル。

看護婦の巡回してくる時間は決まっており、
その時間以外は
ファムはウィルにつきっきりになっていた。
どちらかというと、ファムがウィルに執着していたような雰囲気さえあった。

そして、その見解が間違いでないことを、ウィルは知る。

ファムは、ゆっくりとウィルに言った。
「ウィル…僕はね。僕の眼はね、もう2度と見えないんだ。
それはね、僕の眼窩が、無いからなんだ」
「ニ…?」
「怖がらないでもいいよ。怖がらなくても、いいんだ…」
ファムは瞼をゆっくりと開いた。
そこには、眼球がなかった。
そっくり、抜け落ちているのである。
「ニャ…」
ゆっくりと瞼を閉じるファム。
「びっくりさせちゃったかな。ウィル」
「ニィー…」
悲しそうな、苦虫を噛み潰したような表情。
「僕はね、ウィル…。
…いいや、何でもない。おやすみ」

ウィルはその晩、人間の姿に化ける事を試みた。
常に、拒絶されてきた、自分のもう一つの姿。
何故"そう"したくなったかは解らない。
だけど、知りたい。
ファムのことを知りたいと、ウィルは思ったのだ。

看護婦の制服を更衣室より取って、着替える。
「スグに返すからね」
耳を看護帽で隠し、病院の出口を探す。
「そんな…」

ウィルは知った。
ここは、"塀の中"にある病院なのだ。
そんな事があるはずはない。
ファムは、罪を犯した人間なのか?

そして、カルテを探すウィル。
そこで見付けた、ファムのカルテに書かれていた事とは…。
「ふく…せい…?」

備考蘭には、こう記されていた。
「複製素材より摘出した眼窩を、元の少年に戻す処置を施した」…と。

クローン技術。
それは人々のお腹を満たす動物を無尽蔵に生み出す事となった。
その影には、あってはならない商売が成立していた。
科学では治せない人間のクローンをつくり、法的に存在させておく…。
または、科学的に治せない人間の代替物をクローンから摘出する…。
最も都合の良いドナーの誕生だ。

「そんな…酷い…」

しかも、そんな人間が存在していてはまずい。
いずれ、彼は、居なかった人間として抹消されるのだろう。
いつかは解らないが、そう遠くない未来に。

その夜、ウィルは夢を見た。
自分を可愛がってくれた、幾人もの飼い主達。
彼等は去っていく。
ウィルは追わなかった。
けれど、そこから動こうともしなかった。
自分は…何故、そんな夢を見たのだろう…?

翌日、ファムはウィルに話した。
「昨日の夜中…どこに行っていたんだい?」
「ニィ…」
ファムは、自嘲を含んだ笑みを浮かべた。
「キミは、頭のいい猫だ。もしかしたら解るかもしれないね。
ここが、普通の病院じゃあないってことを」
心配になり、ファムの膝の上に乗るウィル。
ファムは、とても嬉しそうに顔を綻ばせて言った。
「君が元気になって良かった。本当に…」
膝の上のウィルを撫でながら、ファムは話を続けた。
「本当はね、ウィル」
「ニャァ?」
「キミを助けたあの時、僕、死のうって思ってたんだ。
僕っていう人間は、居てはいけないんだ。
僕の"本物"は健康じゃなかったんだ。
だから、僕が"生み出され"た。
用の無くなった僕は、"偽者"として廃棄処分されることになったのさ。
フフ…おかしいよね。
人間に「本物」も「偽者」もないはずなのに…」

−この人は…自分と同じだ−
ウィルは思った。
−自分が、ただの野良猫であれば、どれほど良かったろう−
どれほど思ったか。
自分は偽者であり、模造品であり、レプリカなのだ。
ゴミを漁る野良猫、家で飼われている猫達の姿が本来の猫の姿。
自分はそうではない。
猫のフリをした、人間。
いや、人間ですらないのだ。
そんな想いを、少年も持っていた。



・その3
ウィルは、猫の姿から人間の姿、人間の姿から猫の姿へと
巧みに変化を繰り返し、病院を抜け出すことに成功した。
ファムの元を離れようと思った訳ではない。
むしろ、逆だった。
彼女には、どうしても確かめたいことがあったのだ。

街にはオーナメントに飾られたネオンが沢山。
聖なる日、クリスマスの日。

「お父さん遅いわね、ファム」
「うん、クリスマスくらい、早く帰ってくればいいのになァ…」
ファム・コリンズ。
彼が住んでいるのは、外国人街から少し離れた郊外の一軒屋だった。
裕福そうな家庭で、幸せそうなイベントが行われようとしている。

−今の貴方が居られるのは、ファムのおかげだってのに…−
ウィルは、窓に手をかけようとした。
ふつふつとした怒りが湧き出してきて、止まらない。
頭に血がのぼり、拳が震えている。
煮えたぎったり、冷え切ったり、
心が一瞬のうちに嵐のようになって爆発する。
止められない衝動。

ウィルが窓に手をかけようとした、その時。
ドアを開ける音がした。

「メリークリスマス、ファム!」
「パパ、おかえんなさい!」

−ファム…−

「ねぇねぇ、プレゼントは?」
「まぁ、この子ったら、気が早いのね」

−ダメだよ、出来ない…ボクには…−

「ハハハ、ほぅら、今年のは凄いぞ」
「わぁ!」

−ファムと同じ顔の少年を殺すなんて、ボクには出来ないよ…−

その日の夜、ウィルは人間の姿へと化けることにした。
前と同じように看護婦の制服を借り、着替えた。
そして…。

「貴方は…新しい看護婦さん、ですか?」

ファムの部屋へと入ってきたウィル。
ウィルは、ファムと同じ想いを抱えている人間に出会った。
彼を救いたい。

−今までは裏切られてきたのに?−

もう一人の自分が何度も自分を制止しようと呼びかけてきた。
だけど、もう聞かない。
そう、決めたから。

「そうよ。今日は、いつもの人はお休みだから…」

ウィルが近寄ろうとすると、怯えるファム。
眼が見えない分、嗅覚や視覚が優れているのだ。
彼の"それ"が告げている。
この人は、新しい看護婦だ、と…。

「ひっ…僕は、もぅ…」

その次は出てこなかった。
何を言いたいのか、ウィルには解った。
痛いほど…。

「違うわ。誰も貴方を傷つけたりしない」

−この人は、以前のボクと同じ…−

「嘘だ!…聞いたことあるぞ。"処理"するときは、
いつもとは違う看護婦が連れていくんだって…」

彼の手が激しくサイドテーブルの上を動く。
何かを探している。
そして、手が"それ"に辿り着いた。
彼はハサミを手にした。

「大丈夫。怖がらないで」

−ボクは、キミを…−

「や、やめてよ!それ以上! 来たらっ、僕…!」
「大丈夫。きっと…」

「う…うわぁあああぁぁッ!」

ザシュッ

「!!…。…ほら、ね? 痛くない。…ね?」

ウィルの掌に、深深と突き刺さったハサミ。
その痛みにも、ウィルは耐えることができた。

−きっと、守るから…−

「うっ…う、うわぁッ…」

途端に泣き崩れるファム。
抱きしめるウィル。

ポタポタと流れ落ちるのは、赤い血。
そして、少年の熱い涙。
それは、二人が、人間として生きた証だったのだ。

昼は猫、夜は人。
その姿で、ウィルはファムと逢瀬を繰り返した。

ウィルはファムの心を癒す為、
それによってウィルの心の隙間も埋まっていった。
それを、ウィルは確かに感じていた。

或る日の昼、ファムがウィルに語りかけた。

「本当は怖いんだ、僕…。
いつ殺されてもおかしくない。
そうしないのは、元の僕に障害が生じる可能性があるからさ。
もし、利用価値がなくなったら、その時僕は…。
そう考えると、頭がおかしくなりそうで…」

ブル、ブル…と小刻みに身体を震わせるファム。

ペロリ

ウィルは、ファムの頬をペロリ、と舐めた。
ファムの頬に、涙が流れていた。

「は、はは…やめろよ。
くすぐったいよ…」

そう言うファムの頬を、もう一度舐めたウィル。
そのウィルの目にも、涙が溜まっていた。
ファムの前で泣くまいとして、必死に耐えていたのだ。
けれど。

ギュッ…

何かにすがりつくようにして、ウィルを抱きしめるファム。
とめどない涙が溢れていた二人。

「ニャア…」

そして、二ヶ月が過ぎた。
ウィルが目覚めると、ファムの姿がない。

胸騒ぎがする。

いつもの時間になっても、ファムは戻ってこない。
ウィルは人間の姿に化け、外へ飛び出していった。

−まさか…だけど、そんな…−

急患の搬入入り口で人間の姿になったウィルは、
看護婦に尋ねた。

「今日、急患は来ていませんか?」
「来ていないわよ。…貴方、何ブロックの看護婦?見かけない顔ね」
「…!」

看護婦の背後を通り過ぎていったのは、
あのファム・コリンズ少年だった。
ベッドに横たわっているものの、
付き添っている両親の顔はひどく安心しきっている。

−そんな…!−

追ってくる看護婦を、トイレで撒くウィル。
看護婦の制服を口にくわえたまま、
猫の姿で駆け出す。

−キミは、ボクが…−

目指すのは、第3手術室。
通称、処理場。
猫の姿で、排気口を伝って潜り込むウィル。
そこには、身体にシーツを被せられたファムの姿があった。
青ざめた顔をしている。
しかし、瞳は開いていて、何かを探している。

−守るから…!−

人間の姿になるウィル。

「ファム!ファム!」
「トス…カ…?」

「ごめんね、ボク…今まで黙っていたけど…」
「気付いていたよ…」

「え…」
「同じ掌に傷がついているなんて、めったにないもんね…」

少年は、少しだけ微笑んで。

「…スグに助けるよ、ファム。ボクが!」
「ダメだよ、ウィル。キミだけでも、逃げるんだ」

「何を言って…」
「早くするんだ…」

「やってみてもないのに、解らないじゃないか!」
「キミまで"処理"されてしまうぞ…」

「構わないよ、だって、だって…」

ウィルはファムに頬を寄せた。

「ボクはキミのことが…」
「それ以上は言わないで…」

力なく、少年は人差し指に手を当てた。

「大丈夫、キミは強い、僕が居なくても…」
「そんな…」

「キミにだけは、生き延びて欲しいんだ。だってもう、ボクは…」

シーツをはがす少年。

そこには、臓器の抜き取られた少年の身体があった。

「死んでしまったのだから」
「…」

もう、死んでしまっていてもおかしくないのに。

−ボクは、キミを…−

「有難う、ウィル…」

ベッドが動いていく。
部屋の奥のドアが開いた。
中には、燃え盛る業火が待っている。

「キミに遭えて、本当に僕は…」
「ファムーッッ!!」

「楽しかっ…た」

ボゥッ…

炎の中に消えていく少年。

「誰か、そこに居るのか!?」
「おい、開けろ!」

ウィルは、猫の姿のまま駆け出した。
救えぬ傷を抱えたまま…。



つづく……?